大道と地方創生
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大道と地方創生

中嶋大道の人となり、地方創生への想いをご紹介します。

ステンレス具象彫刻の旗頭 中嶋大道

巨大ステンレス彫刻家 中嶋大道

ステンレス彫刻家として
30年ほど作家活動をしている中嶋大道。

プロの芸術家とは、彼のことをあらわす言葉であると思う。
なぜなら、彼は場所の形を明解につかみ出し、地方をダイナミックに発信している。その土地の風土、地域の形を絶対印象として作りつづけ、これまでに全国60箇所以上のモニュメントを制作し、設置してきた。そのどれもが、人々の心の中、毎日の生活に息づいている。そんな様子を彼は 「モニュメントは、絶対印象だ」 と言い切る。それを見た時の衝撃、感動が心に刻まれ、モニュメントとしての役割を果たすのだ。その証拠に、何年経っても街のランドマークになっている作品が多い。

また、大道の作品は 『触れる』 ことを許してくれる。大道の作品はまさに芸術作品である。しかし、触れてもいい、乗ってもいいものがほとんどだ。 『彫刻と遊ぶ』 というヨーロッパの風景が、大道の作品では当たり前。だから、自然と子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
例えば、大道が作るとてつもなく大きな昆虫。その前に立つと、まるで昆虫の世界に入りこんだような気分になる。その世界に紛れ込んでしまう気持ちよさ、普通の作品では考えられないふれあいがあるのが、大道のとてつもなさである。

ひとたび諸外国の彫刻家たちに目を転じても、大道のようにステンレスを自由自在に扱ってダイナミックで生命感あふれる作品を産み出してくる作家は見当たらない。ましてや国内では大道ただ一人・オンリーワンの作家だ。決して人まねをしない感性と技で作り出すその作品と人柄に、日本全国の企業や自治体の街づくりを担う者が、次々に相談に訪れる。
そして、大道の地方創生への想い、考えを聞いていく。
(その考えとはこちらを参照してほしい)

もしなにか、ドキっとさせたい、ワクワクさせたいと思うなら、とてつもない信州の彫刻家、中嶋大道に会ってみるといい 「答えは、そこにある」

 

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原画を描く −いきいきとしたモニュメントを作るために−

作品 デザイン図
大道は、ステンレス板を使って昆虫のモニュメントをたくさん作ってきた。その際参考にした標本や図鑑等に載っている虫たちは、どれも動きが感じられなかったという。

一方、図鑑等の絵や写真を拡大して見たとき、小さい絵では分からない色々な形が見え大いに感動した。

そこで大道は、生き生きとして細部の形も良く分かる昆虫の絵を描きはじめた。A1サイズやA0サイズの紙に描いた昆虫の絵は、数百枚になり、並べると100メートル以上にもなる。

また、自分で昆虫採集をして生命感と独特の動きがある標本まで作ってしまった。さらに虫好きが高じ、昆虫に関する文字や家紋を書き写した巻物も作り “昆虫の文化を採集”をしている。

大道の作品に感じるリアリティ、生々しさは、このような昆虫との対話から生まれるのではないだろうか。

原画を描く原画を描く原画を描く
1944年 長野県安曇野市穂高(旧穂高町)に生まれる。
1966年 岐阜県高山市にて木彫の修行をし、生家に戻って独立。
床置物、仏像、欄間等を制作。木彫の作品はこちらから
1979年 アトリエ建設(鉄骨の作業場及び自宅)
従来は木彫に従事していたが、アトリエ建設時に鉄骨を溶接して組み立てていく様を見て「おもしろい!」と感じ溶接の技術を学ぶ。アルミ、真鍮、鉄等の素材に挑戦し、試行錯誤を重ねてステンレスにたどり着き「ステンレスを溶接して、誰も見たことも作ったこともない作品を作り出す」という独自の世界にのめり込んでいく。
1983年 日展、彫刻部門にカマキリをモチーフにした「エアロビクス」を初出品、入選。
2004年(60歳)までに9回入選。
1998年 大きなモニュメントを制作するために、現住所にアトリエと自宅を移転。